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July 29, 2015

新しさと技術と調和と

またしても話は「火花」に逆戻りしそいだ。

新奇性も技術も調和も無いならばどうなるのだろうか。

近年、僕は抽象画に深い感銘を受けることが有る。
知り合いの造形作家の作品を上手いなぁと感心していた日々が長かったからか。要するに、一見訳が分からないものに、どんぴしゃりと当てはまる、新奇性と技術と調和を感じ取る時、計り知れない安心感につつまれる。

では、前田真三が語った「写真は技術ではない」という、一見、極めて真っ当な意見についてどう思うか。

僕の解釈では、氏の技術というのはハイレベルの技巧を指しているのであって、写真を写す技術の事を言っている訳ではない様な気がしてならない。氏はスーパテヒニカを愛用していたようだし、それで写せるということ自体技術だろうし・・・。

氏の遺作は拓真館に巨大なグロッシーペーパーに輝くようなプリントとして飾られている。その輝きは多分近年の銀塩スキャン式のプリントに違いない。抜けが物凄く良い。とにかく作品が輝いている。

僕は氏の麦秋鮮烈など幾つか、真筆サイン付のオリジナルプリントを大金(といっても中程度のカメラ一台分程度)で購入したが、そのプリントは抑えた表情の半光沢紙であり、展示物とは印象がかなり違う。
憶測だが、氏のオリジナルフィルムはすべからくデジタルスキャンして、再現されているように思う。

東松照明が自己の遺作について常に最新の技法でプリントしてくれと、妻に言い残したように、ネガ(ポジ)さえあれば、プリント技術は日進月歩なのでよりくなる場合が多いだろう。もちろん、往年の銀が多いモノクロの場合は現代のがそれよりもましなのかどうかは不明だが・・・。

古きを学び、新しきを知る、そして、己とはいかなる存在なのかを模索する・・・そう言った日々を続けられたらどれ程幸せだろうか。

ただし、技術がシッカリしていなければ写真は写せないでしょう。

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世界最古の薬局の飾り棚

Dsc_1503_3




↑Nikon D3300 ISO3200  Af-s Nikkor 18-140DX

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