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October 24, 2015

ライカSLという妙なカメラ

ライカの一眼レフ用レンズは未だに人気があるらしくて、アダプターも結構出ている。僕もライカというブランドのユーザーの一番端っこの端くれだけど、ライカの時代はMの時代に尽きるんじゃないのかなぁと思う。多くのフォトジャーナリストに絶賛されたMの時代は大体Lifeの終刊と共に終わったんじゃないのかな。

現在のライカはその亡霊にとりつかれて、今一つ方向がはっきりしない。M型デジタルは、はっきり言って、でぶっちょになったうえに、洒脱間が間引かれてしまった。

アポ・ズミクロンというギョッとするようなレンズなども、まあ、ソニーに付けた方が良く写るだろう。すると、ライカのカメラというのは、RFとしての伝統の系統なのか、何なのか、???ばかりがついてくる。

僕ら、カメラ・アナーキーな世代でさえ、ライカ使いの大家の作品の重みは十分感じているし、それがその時代、ライカなしには写せなかったことも理解している。当時のライカは大変な発明だったのだろう。

一方で、D.ダンカンの朝鮮戦争話でニコンが一躍世界のニコンになった逸話の辺りから、我々日本人のパクリ・インチキ戦略がだんだんと自信へと変化していくんだけど・・・。事実上21世紀の写真は日本製の独壇場。もう、ライカの出る幕は殆ど閉ざされてしまった。

50年代、一眼レフの王者はニコンFであったことは事実だし、ライカは別の道を選んだともいえる。

一節には、ライカの主要顧客は金満家の中国人だという話も満更嘘とは思えないので、ライカのマーケティングを一概に貶すのは見識眼が無いという意味で見っともない。ライカは偉い。高く売れるところに、高いカメラを売るという戦略は、なかなか日本人のような誠実な人種には思い描くことも出来ない。

逆に言えば、RMBの札束で売買されるカメラを我々が真面目に使うのかという、矜持の在りようが問われる。

僕は、ライカ製(ドイツ製)のカメラは一台しかもってないから、多くを語る資格はないけど、機械的精密さの我に、エレキが出来てないというのが偽らざる印象だ。

こんなことを考えていたら、最近、ライカSLという、ソニーα7を大きくしたような、不格好に大きいミラーレス・カメラがでだ。
カメラ自体も予定通り高価だが、ズームレンズも目を剥くほど高価で大きいらしい。いずれ、このセットをニコンシステムの様に一通りそろえようとするには、ニコンで100万円掛ける人では同じシステムで500-1000万円必要となるだろう。

写真にこんな金を掛ける価値があるのか・・・・・意見の分かれるところだが、僕自身は無いと思う。そんな時代ではない。それだけの金が有れば、ニコンD3300キットを5万円で買って、世界旅行でもした方が良い。
もういちど書くが、キャパの時代にはライカしかなかったのだから仕方がない。いまでは、いくらでも選べる。

ドイツの深謀遠慮は、いよいよドイツブランドで世界第二の経済大国の富を吸収しようということに尽きるのではないか。

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LEICA SL」カテゴリの記事

Comments

>写真にこんな金を掛ける価値があるのか
俺もそんな価値は無いと思います

少し与太を書くのならスチルはもう少ししたら廃れてしまうでしょう

もちろん絵画的とかある種のゲージュツ的な写真家は残るでしょうが
この先電子ペーパーとかが真面目に進歩していけば新聞も雑誌も画が
動いて当たり前になって行くことでしょう

静止画という情報量の少なさゆえにやれシャープネスだ収差だのが
目に着いたりする訳ですが画が動いてしまいまえばその情報量の多さ
に逆に細部なんか気にならなくなるものです

だからこそスマホの動画はすごく受けてますし今は何でもかんでも
4Kで撮っておけばその1コマあたりのシャープネスや収差の補正が
不足していたとしても「わあ綺麗で凄ぉ~い」と感心されちゃったり
する訳です

まあこれはムービーを全くやらない俺の偏見が多分に入っている訳
ですが(とは言え4Kフォトとかいう8MP縛りながら秒間60コマとか撮
れちゃうスチル機能は気になったりもします カワセミのダイブとか
それで撮ったらかなり面白いに違いないだろうとか期待してしまうの
です)

とはいえスチルもムービーもその場に感じた事を記録しておきたい
というシンプルな欲求でありその場の自分の視線を他者と共有する為
のツールに過ぎないという点から考えれば両者の違いをあれやこれや
言うのは愚かの極みに過ぎないと我が身を不明を恥じるばかりですが
すぐに忘れて繰り返す訳なのです(救いがないですね)

駄文失礼いたしました

Posted by: . | October 24, 2015 02:38

僕も、「時代はmovie」という趣旨の話、画家などから聞くことが有ります。
でも、スチルはムービーの一コマではないんですよね。

俳句が、どんな名小説であっても、その一部からは生まれない様に。

この制約の中に有る美、が写真ではないかなと思ったりしています。

カラーよりもモノクロの方が詩的であるように。

なんちゃって。将来の事はわかりませんけどね。

ただ、一般人が映像として残したいという分野においては間違いなくムービーに置き換えられそうな気配は分かります。かく云う僕も一時は動画にハマっていたことも有り、ただ、そのあまりの冗長さに嫌気がさして、スチルに戻ったことも事実です・・・。

まあ、時代は思いもよらないところに変わっていくので、そうなのかもしれません。

Posted by: くーすけ太郎 | October 24, 2015 21:09

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