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November 28, 2015

ハイ・アマチュアって変な用語だ

SONYのHPでα7系の概説を読んでとても不思議に思ったことが有る。
「ハイアマチュア」に満足されるような良い製品だという趣旨の文が気になった。

たしかに、雑誌などでは「ハイ・アマチュア」という用語を時々見かけるし、そうかなとも思うけど、この用語は非常に可笑な言葉だ。(ばかにしている)

僕か知る限り、素晴らしい写真を写すアマチュアは、上記の定義では決してハイ・アマチュアのカテゴリーに入らない場合がある。

つらつらと考えると、雑誌系で「ハイアマチュア」というときは、決まって高級な機材を買う層というマーケティング視線での分類に思える。

素晴らしい写真は必ずしも素晴らしい機材があれば出来る訳ではないと散々書いてきているが、本来のハイ・アマチュアという人々がいると考えると、それは作品の内容で分類すべきではないのだろうか。

かつ、素晴らしい作品を作り続ける人は、意外なことに写真雑誌のコンテスト欄の一枚写真で入賞するような人物とは全く異なる場合がある。予て、一枚写真は特異な存在だ。40年来、変な存在だと思い続けた。
一枚だけラッキーということがあるし。その人が普段からどういう写真を写しているのか、全く判らない。写真一枚では表現できない世界・・・そこに写真の表現型としての世界が広がっている。別の云い方で大げさに言えば、ライフワークの様な物なのか、アート表見の傾向なのか、一枚写真からは見えてこない。

ま、ハイアマチュアという用語は、高い機材を買ってくれる良い客と云う意味以上のものがあるとしたら、云ってくれと云う気分になっている。ま、僕流に意訳すれば、「カモ」だ。

これは、高級スイス時計を金持ちに買わせるデパートの外商のマーケティング戦略に酷似している、ん、なんて思ってしまう。

更に余計な事をかけば、風景写真には良い機材が必要な場合が多く、高価なレンズ、高価なカメラが必要になる。この人達を指して「ハイアマチュア」と呼ぶのか。また、動きものを追うアマチュア、親ばかで子供の運動会の為に法外な機材をそろえてしまう人、これらの人々の共通点は、望遠レンズ等高価機材が必要で、出費がかさむ人だということ。これらを指してハイアマチュアと呼んでいるんじゃないのかな。だって、カスタマーとしては上顧客なんだから、ハイアマチュアではなくて、ご贔屓様と呼ぶべきだ。

artとしてハイレベルな作品、ドキュメンタリーとしてハイレベルな人、写真の背景にある文化をメジャーとしてハイレベルな作品を写す人、それぞれにアマチュアは沢山いるけど、その人々が必ずしもメーカーが云うハイアマチュアとは言い切れないと、つくづく思う。

云わんや、メーカーのハイアマチュアの言葉に踊らされて、これで自分もハイ・アマチュアになれるとすっかり勘違いして、しかも不要な高価機材を買ってしまったら、既に痰ツボに落ちたのと同じだ。

何度も痰ツボに落ちたので、つくづくそう思う。

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Comments

>ま、僕流に意訳すれば、「カモ」だ。
まったくもってその通りと俺個人は思っています
要するにマーケティング目線の金払いのいい客の事だよなと捻くれた事を
思っていたので流石 くーすけ 様わかってる! などと偉そうに感じてしまう
のです

でもそこは捻くれ者なので如何にもな模範解答的表現てなものでも

「非商用で高い実力を有していてその実力を発揮する為の高級機材を
必要とし写真の神髄を追及する人々」

美句賛辞を無駄に並べたオベッカの塊みたいですが建て前的にはこんな
ものではないでしょうかね

ハイエンドってのもまんま過ぎるなぁとは思いますがこっちはちゃんと
ローエンドという言葉も普通に使われるのでいいかなとも

まあボトムアマチュアの戯言でした

Posted by: . | November 29, 2015 at 01:56

同志万歳!!

Posted by: くーすけ太郎 | November 29, 2015 at 11:02

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