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March 26, 2016

人肌の記憶色について

この国では人の肌色は「茶色」だそうだ。
「え、肌色じゃあないの」と云う人はナイーブな人だそうだ。

たしかに、人の肌色は写真にすると非常に困難な色に感じる。

Foujita・・・レオナール・藤田・嗣治は、当代きっての謎の肌色を再現した。レオナールはこれでフランスでもっとも注目される日本人洋画家になったのかもしれないと・・・僕は思う。

この記事の読者にどれ程藤田嗣治の肌色を実物で観察した方がおられるか分からずに書いているので、少し説明を書く。

彼が初期に描いた人物像には瞳が無い。黒目だけが異様に目立つ。

一方、バチカン博物館にルオーの隣に収蔵されている藤田の聖母子像のイエスの瞳は例の鋭い、ちょっと怖い瞳が光っている。

この間に何が有ったのか、僕は全く知らない。

恐らく、藤田は白人女性の肌を観察するうちに、様々な記憶色が蓄積されたのだろう。

それが、有名な藤田の白・・・現代では謎解きが済んで、それがシッカロールの白だったということが定説になっている。この証拠として土門拳の一枚の写真が有名だ。

つまり、赤ん坊の肌色。それが藤田がたどり着いた肌色だったということかもしれない。
日本画の肌に使われる顔料に似ているようでもあるが、全く違う、溶媒の油脂と、ニカワの質感が違うせいなのか、不思議に光る濃厚な白さ、艶やかで、しかも透明感が強い。こんな肌色は見たことが無い。
シッカロールの質感はタルク由来であり、タルクは滑石として知られる鉱物を微粒子化したもの、元来真珠のようなシットリとした輝きが有る。

僕はカメラマンの端くれとして、藤田の肌についてソフトフォーカスの風合いを感じている。つまり、芯はキチンと有りながら、余計な物は写らず、何処までも滑らかに、夢見心地の真実を再現する・・・そんな気持ちになってくる。

これにたどり着くまでの過程を知る由もないが、多くの人人がその素材に着目し、「ああ」と驚嘆するはずだが、僕はそれよりも彼の肌色の記憶色の定着過程に関心が有る。

知らないものは記憶できない。

藤田の生前の一端を夢想している。

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