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May 29, 2016

北の国から

1981年に放送された「北の国から」・・・このドラマの題名は非常に有名だし、富良野の話だという事も聴いていたけど、これまで見たことが無かった。まことに、人生の迂闊その一である。

1981年に僕は何をしていたのかを思い出してみようとした。
僕は、日本の南端の辺りに一人で棲んでいた。
TVは殆ど見てなかった。
TVは持ってたけど、12インチの小型TVだったし、民放は1-2局で、放送していたのかも知らなかった。

1981からこのシリーズは時々再生し、21年間にわたって、基本的に同じメンバーで撮影が続いた。

このひと月程、ケーブルでその全編を初めて見ている。全部で40-50時間程度のドラマだ。81年の初回が24話、その後3回各数時間のシリーズのようだ。2002年まで続いた。

このタイトルバックもそうだし、ドラマの中に見える景色も、実は美瑛の風景が随分出て来ることに気づいた。
美瑛と富良野とは約数十キロ離れているけど、隣町だ。

僕は数年前に前田真三さんのたった一枚の写真を見て、美瑛を探して千歳から走った。片道数時間もかかる旭川に近い町だとも知らずに走り続けた。その後、懲りて旭川からアプローチすること、20回ぐらいか。

どうも、僕の「美瑛」写真はサッパリ「ウケ」けが悪いと思っていた理由が、漸く分かった。みんな30年以上前からこの風景は知っていたんだ・・・。

写真の本質は人が写した事が無い物を写すことにあり、同じ物を写すのは単なるモノマネであり、新奇性が無い。

「美瑛」写真を写し続け、出来上がったテラバイト級のデータは、どうも駄目らしい。

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Comments

>写真の本質は人が写した事が無い物を写すことにあり、同じ物を写すのは単なるモノマネであり、新奇性が無い。
>「美瑛」写真を写し続け、出来上がったテラバイト級のデータは、どうも駄目らしい。

それを言われてしまうと鳥屋も虫撮りも猫屋も皆誰かが先に撮っていて
もう撮れる写真がなくなってしまうのです
同じモチーフだから既に有名な先駆者がいるから……そんなことは理由には
ならないと思うのです
まず一番大きな動機である「俺も撮ってみたい! 撮ってて楽しい!
飽きが来ない!!」これが大事なんじゃないかなと
もちろんこれはアマチュアである俺個人の範囲の話です
くーすけ 様にはそれでは済まない問題やお考えもあることでしょう

でも写真を撮る理由はシンプルでいいような気もします

Posted by: . | May 30, 2016 at 01:29

少し筆が足りませんでしたね。
新しさが必要だという趣旨で。
その新しさは、同じ被写体でも良いわけですが、至難だ・・・と言うようなコンテクストです。

もちろん。楽しいから写すわけで、テラバイト級はその結果ですし。(笑)
楽しくなかったら、写真を生涯写そうなんて思わなかったでしょう。

Posted by: くーすけ太郎 | May 30, 2016 at 09:16

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